G-2B790BNTEK

おもしろい話なかったかなあ?

 断っておきますが、中国語の話と全く関係ありません。
 ある日、事業部長と営業次長が、いきなり国内検品会社に行くと言い出しました。私が推測するに、よっぽどヒマで、たまたまこの二人が本来は海外出張に行きたいのだが何処か遊びに行けるところないか?の話をしていて国内検品会社出張の話が持ち上がったというのが実際のストーリーだと思います。一応上層部なので、国内の検品会社など年間1回だって、行くことありません。イキナリ行くというので、担当の私はそのセッティングも必要だし、口実も要る。1日以上 完全に潰れる。その旨検品会社に伝えると、何か重大な問題でも起こったのではないかと、警戒と緊張です。とりあえず行くと
先方は取締役です。検品責任者もなんでこんな人が此処に?と思わせるような若くてキレイでしっかりした感じの人です。普通 検品会社にはこんな人居ない。油断していたのですが、イキナリ事業部長の方から「〇〇さん、検品方法について、説明して!」 ハ?へ? 聞いてないヨう~! 話の切り出しは私から始まるの?細かい問題が多発していたのは確か。仕方ないので私の検品方法に関するアパレル検品哲学を披露。「商品なんか観たらワカル。」この説明 5秒かかりません。上の二人は、ひっくり返りそうになったのではなく、実際にひっくり返ってウケてました。検品会社側は笑うに笑えずという感じか。すこしムカッとなった私は、「じゃあ、言います。アパレル検品というのは、各社順番方法を持っている。且つ検品会社の見る視点と我々生産担当の見る視線は違う。私の場合は、まず商品を広げて全体を見る。この全体を見る工程を抜かして、イキナリ細かいステッチを目で追うから、ワッペンが上下逆とか左右の袖の長さが違うとか、原始的な商品クレームが起こる。・・・・・。」一気に喋りました。普段、検品方法とか一切興味ない人間が、こんな話聞きたいの?と思いながら、検品会社にじゃなく、この二人にむかって一気にしゃべりました。実は、この事業部長 以前は生産のかなり深い部分にも関わり、苦労もされた方です。苦労話を何度も酒の場で聞いてます。クレームの話で客先に行ったが、中に入る勇気がでなくてその会社の周りを3周したとか。。この事業部長が検品会社に来るのはなんとなく分かります。営業次長は生産とは縁もゆかりもありません。単に遊びに来てる。この二人を送り返し、別件があり私は残りました。夜その検品会社の常務から言われたのは「御社はいい上司でいいですねえ。」この常務、たまたまですが弊社からの数千万のクレームの商談中にアワを吹いて倒れ救急車で運ばれ、その後のウワサは聞いてません。
以上

学習記です。
 差不多。このコトバどうでしょうか?私が初めて中国語と接し始めた頃、大体の意味が解ると適当に会話で使ってました。大体とか約とかのイメージで覚えて、どう書くかなんて知りません。発音もサブトー。と覚えてました。そのまんまの発音で通じます。四声というのもあることは知ってたが、考えたことはない。通じたらok。このコトバ結構便利です。相手の聞いてる内容は良くわからないが、良いか悪いかと聞かれると、サブトーと答えてました。いいとも悪いともハッキリ言えないが、何か返事をしなければならない。そういう局面で、この サブトー。を使えば 「だいたい良い」の意味が伝えられます。どのような字を書くのか?正式な発音はどうなのか?その答えが、chàduō。であるのを知ったのは、ずっと後 学習し始めてからです。いくら会話さえできればそれで良いとといえども、多少は学習必要でした。中国でも小学校から読み書きは勉強してるわけですから。。発音も間違ってますよね。本当ムチャクチャな中国語でした。と言いながら四声は、今でもあまり意識したことないです。通じるイントネーションを覚える。広島では箸はハシ 第4声+第4声ですが、大阪では第2声+第3声のように方言を覚える感じ。方言覚えるのにここは第2声だとか考えてないでしょ?中国語学習は徹底的な発音練習から入るべきとか、四声を間違えると別の意味になるので通じないとか、書いてある本を見ると、私は非常に疑問を感じます。オモシロくもないそんな学習が続くワケがない。途中で挫折するのが看える。発音間違ったら相手が直してくれるし、四声間違ったら、笑い話のネタになる程度です。通じるコトバ通じるフレーズを発見した時のほうが面白いです。この辺りになると学習環境とかも関係してきますが、(話す相手が居ないとか)何が言いたいかというと、聞いたり読んだり書いたりする方が、学習としては、ずっと良いと思います。ひたすら発音練習するより、もっとやるべきことが有ると私は思います。今日書こうとする学習記のまえふりとして、差不多。について触れてみたのですが、若干ネツが入ってしまいました。

 ほんとの学習記です。ブログを始めた頃、この記事を書いたのですが、どうも別のドメインで投稿してたので、万一そちらも見られた方がいたら、重複してしまいますが、
我ながら自分の言いたいことが、書けてると思うので 重複覚悟で、再度下記します。

 結果補語について書きます。

 ・お腹いっぱい⇒吃饱  
 ・解る⇒听懂  
 ・食べ終わる⇒吃完  
 ・見える⇒看到  
 ・~に住んでいる⇒住在   
 ・マスターする⇒学好 覚える⇒记住  
 ・買った⇒买到
と覚えて使っている人は何の抵抗もなく覚えていって、喋っていきます。もちろん結果補語なんて言葉知りません。私もその中の一人でした。すこし喋れるようになって では、少し勉強してみようかと勉強するとこの結果補語とかいう言葉に出会います。
文法書には ”述語となる動詞や形容詞の後に置いて、述語の表す動作行為に結果や状況を補足説明する成分を補語という。” とあり その補語の中のひとつが結果補語だそうです。この解説を”吃饱”に当てはめてみると、”饱”が ”吃”を補足説明しているということだから”吃”が軸(主眼=言いたいこと)になります。私はそうは思いません。この人は果たして”食べた”ということが言いたいのでしょうか?違います。言いたいのは”饱”です。”お腹いっぱいです。”と言いたいのです。”饱”は補語なんかじゃないです。むしろ”吃”のほうが補語です。

(食べて)お腹いっぱい。 と私は思う。

なにが結果補語だ!一体誰がこの名前をつけたのか知りませんが、全然補語なんかじゃないです。実際会話の中で 饱了吗? 懂了吗?なんて普通に出てきます。補語じゃなくてこの文の軸です。主眼です。この会話の中で一番言いたい、聞きたい事なのです。むしろ吃とか 听のほうが補語です。私はこちらに補語という名を付けたいくらいです。(食べて)お腹いっぱいです。  (聞いて)解りましたという感じです。 喝饱 看懂などもあります。補足の部分が変わった形です。

数々の文法書に解説されてる結果補語ですが、補語+結果くらいのイメージで良いのでは?と私は思います。結果を言いたいのだが、補足的に結果の原因を前に添えてあるくらいの感覚。
言葉を専門に研究されている方は、多分他にも様々な要因があって、上記のような解説をされてるのだと思いますが、あえてシロートが独学で学習しながら感じた部分をこのブログに書きました。 異論 疑問 質問 ありましたらコメントをください。私は今暇なので、全部答えます。

以上

 

 

 

コメント