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HOTELの朝食/学習記:是について

私の部屋の加湿器 フル稼働ですが湿度は25%を表示してます。
いったいバケツ何杯の水を部屋に撒けば快適な湿度が保たれるのだろう?
足利の山火事が消えないのも無理ない。

 プラスチックごみを減らすということで、買い物袋が有料になってしばらくたちますが、減ってるのでしょうか?多少は減ってるのだとは思いますが。。。私はひとり暮らしなので、出来上がりの晩御飯を毎日買います。焼いたシシャモ、ネギチャーシュー、パックの寿司。全部プラスチックの容器に入ってます。買ってどうするかというと捨てるしかありません。こういった容器を昔のように、竹にするとか紙袋にするとかしか解決策ないのではないでしょうか?袋じゃなくて、もっと割合的に比重の大きな部分の変化がないと、変わらないと思います。ペットボトルとか。

 ブログのほうですが、どうもうまくない。.comから.orgにブログ内容は転送でき、.orgも開けるのだが、私の「中国語学習記」は、googleで検索しても出てこない。出てくるのは以前のドメインの古いブログばかり。新しいドメインのブログは出てこない。加入している人気ブログランキングでは、上手く繋がってる。しかしブログ村では、「ここには何もありません。」と出て全く連動してない。
 .comはこの点、何もしなくてもいきなりブログ書けるし、すぐに
google検索で出てくる。何人の人が見てくれたのかも見ることが出来ます。ブログの取っ掛りで、二分の一の確率でハズレを引いてしまったと後悔してましたが、ブログでどういうことが出来るのかを、何も知らなくても学習できたという意味では、とっかかりは.comで良かったのではなかろうか?と最近は思ってます。プラグインとかテーマエディターが.comでは使えないこということも学習した。.comでもコースを変えればプラグインとかテーマエディターも使えます。引越しがあまりに難しくて、途中でコース変更の方法も考えましたが、いかんせん費用的な問題もありまして、ビンボーな私は、自力での引越しを強行中です。もろもろ理由はあるのですが、引越しに時間がかかりすぎた雰囲気もある。「一日一歩、三日で三歩。三歩進んで二歩さがる。」のペースで私の場合はまあいいか。。と考えてます。えっ!解らない?このフレーズ。 もう解らないひとのほうが多いのだろうなあ。。。

 ブログの環境も良くないが、とりあえず発信は出来るのだからそれだけでも有難い。感謝しながら何か書かないと。ブログのタイトルもまだ書けてない。思いついたことを書いてタイトルは後付けだ!
 そうだなあ。。朝ごはんの話を書きます。シンセンだったかアモイだったかのhotelの朝食です。いつものように前日の夜はオニのような工場の接待でオニのように紹興酒だの白酒だの飲まされてます。何とか起き上がって食欲など一切ないのだが、なにか食べておかないと酔いがさめない。私が好きなメニューは、まず味噌汁。日本人が多いある程度のhotelなら味噌汁があるのです。本当に感謝しました。つぎはおかゆ。二日酔いの朝におかゆは優しくて本当に有難い。おかゆのおかずはキュウリのQちゃん。なぜだか知らないがキューリのQちゃんだけは、台湾と中国ではどこにでもあります。もちろん中身だけです。同じ味です。次はベーコン。焼いたベーコン。ベーコンと言えばエッグ。目玉焼きを頼むと目の前で焼いてくれます。私はオーダーして焼いてくれる人の前で立って待ってます。目玉焼きの担当は上下白衣で、コックさんの高い帽子をかぶっていていい感じ。目玉焼き用の小さなフライパンに卵を割ります。驚いたのは、出てきたタマゴはぐちゃぐちゃで、どう見ても腐ってるか相当古いものです。私はビビっていたのですが、コックさんは落ち着いたものです。アクションで「このタマゴはだめだ。」と示し、ごみ箱に捨て次の卵を割る。その態度は、なにの不備も無かったかのようである。「当HOTELはしっかりしてるでしょう?イヤイヤこれくらい当たり前の事ですよ。」と謙遜しているかのような勢いも漂わせている。確かに正しい行動ではある。正しい行動ではあるが、違和感。ソージャなくてエ!私が問いたいのは、あなたのすぐ横に置いてあるタマゴのヤマ 大丈夫なの?ということなんですヨ~。でもとりあえず食べました。
 「文化の違い。」というフレーズを高校の時よく聞きました。文化?の違いって何だろう?なんでそんなややこしい言葉を使うのだろう?習慣の違いでよくない?この言葉使いで日本の若人は興味なくなっちゃう。私論ですが、ここは「習慣の違い。」と言わなければなりません。なんでいきなり文化なの?多分、文化と表現しないとマズイえらい人がいるのだと思います。

 学習記書きます。今日は「是」について書きます。中国語で最初に覚えるフレーズのひとつに 我是日本人。というのががあり、英語のISだなと言うことで、ひとまず簡単に納得するわけだが、この「是」実際には、けっこうわけのわからない使い方に頻繁に遭遇する。
・我是去东京的。
この文どうでしょうか?違和感ない方はこのブログ読まなくて大丈夫です。私の場合中国語に接し始めた当初、この「是」だけは、どっちかというとテキトウなところ、あるいは次が浮かばないが、何か発声しないと間が持たない場合に、「是。。。」で繋いで。。。という感じの時「是」を使ってました。何か聞かれて、答えに困ったとき、「是。。。」は時間カセギにはなる。便利です。

*ここまで書いてこの「是」について、どこでもいいから適当にどんどん「是」を入れれば良い。というような文章を書いた記憶がよみがえってきた。万一以前のブログを読まれた方がいたら、ご容赦。

便利なのだが、ある日私は、自分がしゃべってる中国語は果たして正しいのだろうか?という疑問がわいてきました。例文のようなパターンです。去は動詞。その前の 是も動詞。動詞が重なっている。
当時、まだ、外国語=英語の感覚があり is go と言っているような不自然さを感じたのです。あり得ない並びなのです。現在の私なら「連述文」を独自に提唱しているので理屈はつけられるが当時は無理です。軽く理屈付けてみます。中国語には連述文があり述語が重なる。重なった場合どちらかが主眼でもう片方は修飾語である。
と。。こんな感じかな。。中国語で疑問が出て調べると、調べた数だけいろんな説明があり、ますます解らなくなります。辞書で引く?引いてみてください。引いてみることによって「是」の難しさが解ると思います。難しいと言ってもずっと言ってると人間不思議なもので、慣れて難しくもなんともなくなる。「だって、みんなそう言ってるんだもん。」くらいの感覚になる。どうも感覚的にいうと、自分の言っていることを強く主張したい場合にこの「是」を使っている。ああでもなくそうでもなく、私はこうなんだ!という場合に「是」を使ってきた。連述文でさらに解説すると去が主眼で是は修飾語だということ。どんな修飾語かと言うと「人のことは知らないが私としては...」くらいの修飾かな。。解説してある本をみると、ぜんぶ、「強調の是」と解説してある。あるネット記事だとこの「是」は副詞だと断言する説もある。かなり納得。私の連述文説と一致するから。

ブログ引っ越し後、2回目の投稿なのでここまでにします。引っ越しが落ち着いたら本気で書きます。

以上

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